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ライチは中国南部の原産と言われていて、現在でも広東省、広西省、海南省の原始林では野生のライチが自生しています。ライチの木が実をつけるまでには約10年かかり、その後一般的には30年間実をつけます。

広東省、広西省、福建省などには樹齢1000年におよぶライチの木があり、今も実をつけているといいます。

新鮮なライチは貴重品

ライチ=茘枝(Lychee)は、古代中国の書籍には離枝(Lychee)と記録されています。

ライチは枝から離れてしまうとすぐに新鮮さを失ってしまいます。産地の中国南部では枝をつけたままの新鮮で真っ赤なライチを食べることができますが、今でも遠隔地への輸送には冷凍や缶詰加工されたものが多く用いられています。

唐時代の白居易も著書の中で『ライチは枝から採ると一日で色が変わり、二日で香りが変わり、三日で味が変わり、四日で色も香りも消えてなくなる』と記しています。

中国の歴史文書に残るライチの記録

中国古代に書かれた『西京雑記』には、紀元前2世紀の漢時代にはすでにライチは皇帝への貢物として献上されていたという記述があります。

また、1世紀の『民物誌』、3世紀の『広誌』にもライチは中国南部の作物として登録されています。3世紀ごろに書かれた『呉録』にも、「ライチは現在の広西省の山林に多く自生しており、人々による栽培も行われている」という記述があります。

このように、ライチは中国南部で2千年以上にわたる歴史があり、古代から重要な果物として扱われていたようです。

中国の書物に残るライチの薬効

中国の医薬家・李時珍(1518-1593)は、その著書『本草網目』において、「ライチは、のどの渇きを癒す、皮膚や顔色を良くする、精神をリフレッシュする、記憶力を高める、脳を活性化させる、リンパ結核や腫瘍を治す」などの記述をしています。

現代で言うところの美容効果、抗酸化効果は当時から注目されていたようです。

ライチと楊貴妃(ようきひ)のストーリー

唐時代の玄宗皇帝の寵愛を受けていた楊貴妃がライチを好んで食べたのは有名な話です。

「妃子笑」という品種は千里の道を越えて楊貴妃のもとへ運ばれ、楊貴妃が笑顔を見せたという言い伝えがあります。

― 毎年6月1日は楊貴妃の誕生日。皇帝と楊貴妃は長安(今の西安)にある温泉地・華清宮で過ごしていた。あるとき、楊貴妃が悶々として楽しくない様子だったので、皇帝は一体どうしたのかと尋ねたところ、どうやらライチを食べたいことが分かった。玄宗皇帝は最愛の楊貴妃の笑顔をひと目見たいがために、最もおいしいライチがとれる中国南部(現在の広東・福建あたり)から唐の都・長安(現在の西安)まで早馬を引き継いで届けるように命令を出した。すると、楊貴妃が華清宮の温泉で水浴びをしていたところへ、早馬が砂煙をあげてライチを届けにやってきた。目の前にライチを出された楊貴妃はたちまち甘く美しい笑顔を見せたという。―

 
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